夢の島ブログ ホーム » スポンサー広告 » アイマス »アイドルマスター・シンデレラガールズ 六話&七話感想

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

アイドルマスター・シンデレラガールズ 六話&七話感想  

今回は合併号
三月にもなるのに大雪の大荒れで大変過ぎて困っちゃう。
どうも、ようやく一息つけた私です。
北国に住んでると雪害は如何ともし難いですね。色々仕事が増えて疲労も三割増しです。
ようやく文章を掛けるだけの余裕と元気を取り戻したのでデレアニ感想です。

今回は六話と七話の感想をまとめて書いていこうと思います。
単体であげようか迷ったんですが、七話を見た時点でこれはひとつの感想にしてしまった方が書き易いんじゃないかという感触があったので。
それくらいに話数間の関連性が強い、しっかりとした一連の流れが出来ているエピソードでした。

・突き放される六話
まあ色々あり過ぎてどこから書いていいのかといった感じなのですが、まず六話で印象的だったのは、Aパートが始まったあたり、未央がリーダーだと判明するくだりです。
もうここで私かなりビックリしまして。
というのも、この時点で未央がニュージェネのリーダーになったという描写を作中でしていないために「え、そんな話になってたっけ?未央が勝手に言ってる訳じゃないよね?」という風に置いてきぼりにされた感が非常に強かったんですよね。
もちろん、作中でプロデューサーや卯月と凛が未央をリーダーだと認識している描写が挟み込まれるため、全会一致で決まった事だというのは分かるのですが。それでも、未央がリーダーに抜擢されるシーンは無かったわけです。
六話が秀逸な点はこの冒頭での不意打ち。これまで一番感情移入が出来る視聴者の目、言ってしまえば作品の主人公であったニュージェネの三人との時間の共有を絶った事だと思います。
六話を通してCD発売に向けて色々と三人は頑張っていくのですが、多くの視聴者は何とも言えぬ不安感に襲われたと思います。実際私もそのひとりで、アイドルたちは普通に問題なく努力を重ねていっているのに、どうしても素直にそれを喜ぶことが出来ない。何かが足りなく感じる。そんな感覚が常に付きまといました。
その正体こそが、このリーダーが決まる過程を描かなかったこと。ニュージェネと視聴者の目線が引き離された事だと思うのです。
よくよく考えれば分かりますが、アイドルユニットのリーダーが決まるというのは結構な大事です。アイドルにとってリーダーやセンターという物がどれほど重いかは現実のアイドルを見ても一目瞭然。それこそ劇場版アニマスで春香さんがライブのリーダーに抜擢された時など、これから仲間と共に歩んでいくんだという雰囲気いっぱいで非常に丁寧に描いていました。
それをあえてカットしたのがデレアニ六話であり、ニュージェネなのですね。
これまでデレアニは視聴者とアイドルの距離が非常に近かったです。特にニュージェネの三人は彼女達がどんな風にアイドル活動をしてきたのか逐一描かれていたために、それが顕著でした。
しかしここでユニットリーダー決定というイベントが丸々取り上げられ、視聴者との距離が一時的にですが広がっています。それは彼女たちが何を考えどんな事をしているのかを想像する時に、欠落したパズルのピースのようにディティールをぼやかす効果を発揮します。なんとなく頑張ってるのは分かるんだけど、何やら掴み切れない感覚が生まれる訳ですね。
最早視聴者の視点はニュージェネにはなく、どうしても神の視点から見守る立場になります。
そしてそれらがドカンと爆発したのが最後の未央です。
何やら不穏な空気、どうにも何を考えているのか掴み切れないニュージェネの三人、そして空回り(実際には優秀なリーダー役なのですが)しているように見えてしまう未央。そういう全部が未央の勘違いとして表に出てきたときに、ガツンと視聴者を襲ったわけです。
個人的にはこれは意図的な物だと思います。
ニュージェネの三人に感情移入しながら六話を構成することは可能なのでしょうが、やはり彼女たちの勘違いを生々しく描写しながら視聴者へアプローチすれば、どうしても視聴者は彼女たちを庇おうとするでしょうし、何より未央たちが勘違いし、間違っているからこそ、目指すべき「アイドル」という物が何なのかを的確に表す事が出来ます。
間違いを正すからこそ、正解がよりはっきりと際立つ訳ですし。
それに、問題がもうひとつあって、それがプロデューサーです。七話のプロデューサーの話へと繋げるためには、どうしても視点を一度アイドルたちから引き離して宙ぶらりんにする必要が出てきます。ただプロデューサーが無能と言う所で終わっては意味がありませんから。
そしてそれと同時に、上手く間違いや辛い局面に立ったアイドルをフォローできない彼の弱さという物も描かなければなりません。
そういったあれこれを成り立たせるために、六話は冒頭から非常に練られた構成で作られていた。そう感じました。

・心機一転、ここから”改めて”スタートするための七話
七話は言ってしまえば、一話から続いていたニュージェネ三人の物語の締め括り。第一章のまとめという感じでしたね。
だからなのか、卯月と凛が両隣で座っているとか、一話との対比のようなシーンが差し込まれているような気がしました。
また六話で起承転結の転をやった意味を存分に表すように、全力で暗い雰囲気を引きずりまくってでも結へ持って行っていた印象です。
個人的に注目したのは、凛が一話から抱いていたプロデューサーへの不信感という物を、真正面からぶつけて解決していった点です。
凛のポジションというのはプロデューサーと対になる、アイドルを象徴するような立場。言ってしまえばアイドルマスターシンデレラガールズというコンテンツの主人公みたいな物だと思っています。ちなみに卯月はデレアニというアニメ作品の主人公で、未央はニュージェネというアイドルユニットの主人公みたいな役回りがそれぞれある印象。
一話からこのかた、有能である描写は多分にあっても、アイドルへ自分の考えを伝えるのが非常に苦手だと描写され続けたプロデューサー。彼のその朴念仁っぷりに苛立ちを募らせていた凛と腹を割って言葉を交わし、彼女を再びアイドルの道へと導くのは、単純に仕事をこなすだけではアイドルをトップへと導けないという実にアイマスらしいエピソードだと思いました。
アイドルマスターという称号は実はアイドルではなく、プロデューサーへと送られる称号なのですよね。
その意味を凛は体現していたと思います。

・アイドルとは
七話のとっても大事なポイントとして、マンションでの未央の反省シーンがあると思います。
あそこでのプロデューサーとのやり取りは個人的に六話を視聴した時に思っていたことだったので、やってくれてとても嬉しかったです。
常にニュージェネのリーダーとして成功を収めようと努力していた未央なのですが、成功とはアイドルとして売れる事は勿論なのですが、それ以上にお客さんやファンを喜ばせる事なのですよね。
お金を貰ってパフォーマンスをする以上、例え観客がひとりであろうと手を抜く事は出来ない。その人の笑顔を曇らせる訳にはいかない。
お客さんとは数ではなく、人である。
ミーハーで遊び気分が抜け切らない描写が続いていた未央が改めてアイドルに対して見詰め直す、良い脚本だったと思います。
あの反省があったからこそ、最後のフライドチキンで未央が真ん中だからこそ、ニュージェネは大丈夫だなと思えました。

・まとめ
六話から七話への一週間はとても不安であると同時に、次の話が待ち遠しい期間でした。
何せ六話でニュージェネの三人は失敗という失敗をせず、ただ単に勘違いや意識の問題から場が乱れてしまっただけに、どう収拾を付けるのかが怖い反面楽しみで仕方なかったんですよね。
結果ワクワクした価値は存分にあった訳ですが。
一話の感想でも触れたキャラクターの嫌な面、人としてどうしても生まれてしまう駄目な所という物から逃げずに、見事な王道として昇華してくれたと思います。
ただ、物語のキーとなった卯月なのですが、実は彼女だけ何も変わってはいないし、キツイ言い方をすれば何も出来てはいないのですよね。
これからどこかのタイミングでそんな卯月の根幹に触れる話も出てくるのかも知れません。が、まあ今はこれでいい気もします。
だってこれはシンデレラストーリーですから。
某海外翻訳まとめサイトからの受け売りなのですが、原作でシンデレラは自分ひとりの力で何かを変える力という物を持ってはいないのですよね。
ただひたむきに頑張る彼女の姿に感化され、周りは彼女を助け、頑張る事の大事さを再確認するのです。
そんなシンデレラストーリーを卯月はなぞっているのかも知れません。

さて次回以降は待ちに待った当番回が始まるみたいですね。
ニュージェネ以外のメンバーがどれだけ掘り下げられていくのか、今から楽しみです。
スポンサーサイト

category: アイマス

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://union1234.blog116.fc2.com/tb.php/147-eb368175
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

ついったー

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

▲ Pagetop

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。