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2011年03月の記事一覧

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キャラとは?  

どうも、地震よりこの方忙しかったり暇になったりで目眩を覚える唯朱です。

今日はよもやま話。

【キャラ】とはなんぞや?
というお題目でだらだらと文章を書きます。

はい、【キャラ】。色んな場面で使われる言葉ですね。今回はその中でも、メディア分野、オタク文化、創作における【キャラ】についてです。

まずは【キャラ】とは略語なので、元になる【キャラクター】という単語。これの意味からはっきりさせましょう。

英語辞書で【Character】を調べると、性格や性質といった個人の特徴に対する総称であることがわかります。
つまり「あの人の【キャラクター】(性格や性質)は良いよね」という使い方が正しいということらしいです。
まあ大概においての、一般的な【Character】の使われ方ですね。

しかし、最近(というかここ十数年?)では【Character=キャラクター=キャラ】は別の使われ方をする事があります。
つまり、漫画やアニメや小説などの創作作品に登場する、現実には存在しない人物の代名詞としてです。
最近では「アニメの【キャラ】」と言えば、「アニメの登場人物」を示す言葉となります。

さて、たぶんこの用法の成り立ちは「あの【キャラクター】が~」といった言い回しが「性格を表す」=「個人を表す」と曖昧性を帯びて結果的に現在のような用法になったのかもしれませんし、そうではないかもしれませんが、そもそも成り立ちなんて考えても意味はあまりありません。
ここで私が言いたい事は、作中の登場人物を【キャラ】と言い表す文化とはなんぞや。この【キャラ】とはいったい何者なのかということです。

ぐだぐだと凡例と反証を積み重ねてもつまらないので、結論から言いますと『【キャラ】という言葉は登場人物個人の記号化を促す言葉』だと私は思っています。
そして『【キャラ】という言葉は登場人物の作中からの乖離を促す代名詞』でもあると思っています。

前段でもあげた通り、【登場人物】=【キャラ】という変換は多分に行われています。
これは、つまり創作作品内において、いち登場人物に過ぎない、いわば作品に縛られている魅力的な人物の性格や性質=「個性」をキャラという言葉で抜き出し、それを代名詞として用いる事で、それ単体でも成り立つようにする作業なのだと思います。

例えば、「けいおんのあずさという登場人物が好き」と「けいおんのあずさという【キャラ】が好き」この二つを見比べた時に、前者はけいおんという作品を、後者はあずさという個人をそれぞれ尊重しているように感じます。

本来、想像の産物である創作作品の登場人物は、絶対的に作品に縛られています。
作品がなくては成り立たないのが彼らです(でした)。
しかし、それはつまり作品の終了が登場人物の死と同義でもあります。
彼らが作品の中で生き、作品の中の世界に縛られている以上、それは仕方ない事です。
作品が終わり物語が閉じてしまえば、彼らにその後はありません。それは厳然たる世界の終息とそこに息づいていた人々の死です。
私はそれでもいいと、それだからこその物語であると思っています。ですが皆が皆、愛着がある登場人物の死を受け入れられるものではありません。
そこで登場人物の延命のために使われる言葉が【キャラ】というわけです。
“登場”人物と作品でくくるのではなく、【キャラクター】という“記号”で言い表すことで、作品から切り離し、ひとりの人物として成立させる。
これこそが、【キャラ】と言う言葉の意義であり、【キャラクター文化】というものであると私は思います。

物語から切り離し、登場人物に生を与え、大袈裟に言えば個人として認めること。
これは、作品の受け手側が作って来た、いわば好きな人物に生を与えたいという願望が根元であるのでしょう。

本来的には、物語の作者にとっては登場人物という言葉は崩してはいけないものです。
あくまでも自分の作品である以上は、作品を終わらせる責任、世界を閉める役割が作者にはあります。
いつまでもネバーエンディングでは作品としては褒められたものではないというのが、創作の共通です。
登場人物を【キャラ】として扱い、その“個人”としてしまった人物をいつまでも生かし続けるなど、創作物の作者としてはあまりに中途半端過ぎます。

しかし、昨今の受け手が求めるのはやはり【キャラ】として登場人物を生かし続ける事でしょう。好きな人に生き続けて欲しいのは人の情というものです。

そこで生まれたのが【キャラありき】という創作スタイルです。
これは魅力的な物語を生み出すことを主眼に置くのではなく、魅力的な【キャラ】を“デザイン”することを主眼に置いた創作スタイルでしょう。世界を創造するのではなく、人を創造する作品作りです。

本来は世界を示し、そこに息づく人を紹介して、初めて人物として認めさせるという作業を、強烈な魅力を持たせた登場人物を生み出し、それを受け手に【キャラ】だと伝え、受け手が自発的に人物として彰華させるという荒業で認めさせる。その上で世界を示し、Roll playを行う。
そういった、【キャラ】を尊重し、あくまでも登場人物はあなた方受け手の物ですよと割り切る事で、受け手が人物を受け入れ易くし、更には熱をあげやすくさせる。
つまり、キャラの魅力がそのままダイレクトに作品の魅力になるのです。
だから【キャラありき】であり【キャラ】の“デザイン”をする手法だと私は書きました。

最近のオタクマーケットの風潮はこの【キャラありき】が主流でしょう。
いえ、もうそれも古いかも知れません。
つまり初音ミクに代表される【キャラあそび】とも言える、受け手に【キャラ】を作らせてそれを受け手が共有するソーシャル的な物が主流になりつつあるのかも知れません。

さて、ここまでぐだぐたと書きましたが、私はこの文章で何か主張したいことがあるわけではありません。ただ私自身が【キャラ】という言葉が嫌いであり、(実はチャットとかでも自作小説の人物をキャラと称した事はありません)その正体を何となく考えてみようと思い書き連ねただけです。

私は創作物の人物は登場人物という言葉が非常にしっくり来る人間なのですが、みなさんはどうですか?

と、結論をぶん投げたところでおしまいです。
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RTSの罠  

どうも、不定期を通り越して、ほぼ遺棄しかけているブログです。

というわけで遺棄未遂の男、唯朱です。

別に日記としてのページではなく、思い立ったら書くくらいのスタンスなので、こんくらいでいいんですよ。めいびー

最近はRTSに少し手を出してみたりしていました。
RTS、何の略かわかります?
リアルタイムストラテジー。
ゲームのジャンルのひとつですね。

簡単に言えば、リアルタイムで進行する盤上シミュレーションゲームのことです。
日本で有名なのは三国志系だったり戦国系なのでしょうか?
まあ、言わずもなが、戦争シミュレーションに片寄るジャンルですね。

実は私、昔はかなりこれ系のゲームやってたんですが、最近はめっきりご無沙汰でした。

ちなみに好きだったのは大東亜戦争時の日本海軍を指揮するというもの。トラトラトラ!ってな感じですよ。

で、最近買ったのは、PS3のエンドオブウォーという、UBIのソフトです。

音声入力で部隊に指揮を出せるという画期的?なシステムを搭載した作品です。
ストーリーは、まあ、トム・クランシーブランドなので、あれなのですが、2020年くらいに世界大戦が起きましたといった感じです。
深く考えたら負けです。

マップが少し狭かったり、ユニットがかなりおおざっぱだったりと、UBIらしく痒いところに手が届いていなかったりするところもあるんですが、概ね面白いです。

ただ久しぶりなものでリアルタイムの指示にまだ手が追い付かないこともしばしば。戦力の逐次投入で孤立した歩兵が壊滅したり、前線を構築できなくて榴弾が雨霰だったりとNPCにしてやられてます。

でも、音声入力は楽しいです。「エアストライク、エネミー1」とかノリノリで言ったりして、自分でも馬鹿じゃねーのと思いますけどね。

まあしばらくは第三次世界大戦を戦う日々が続くやも

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